建設現場でがんばる若いゼネコンマンへ 〜その6〜

【大阪転勤前の話】

前回、”2年の東京勤務を経て、大阪転勤”で、終わっているかと思います。

近隣工場の社長さんとのエピソードをご紹介し、そのあと、さらっと大阪転勤につなげましたが、この東京時代にもしっかり”ヘタレ”エピソードがありましたので、それも後々お伝えしたいと思います。

その前に、その現場で起きた”事件(?)事故(?)”をご紹介したいと思います。
もう25年以上前のことですし、特に違法行為があった訳でもありませんので、『もう時効ってことで大丈夫かな?』と思います。
ただ、当時、所長含め上層部の方々は大分右往左往したと思いますが、まあ、しっかり解決されたのだと思います。
僕は一年生(新入社員)だったこともあり、真相を詳しく教えてもらえませんでした。
聞ける雰囲気でもなかったので、そこは空気を読んだのを覚えています。
そのため、僕の中では”不思議な出来事”、”事件?事故?”として、今も謎のまま残っていることがあるのです。

それは、僕が”振動計測係”から戻ってきて間もなくのことでした。
大規模再開発の現場でしたが、同一敷地内に独立した低層棟(3階建・RC造)があり、僕はその担当になりました。
建築担当は、係長・主任・僕の3名でした。
僕が入った時には、もう基礎躯体のコンクリート打設は終わり、1階立ち上がりの施工途中でした。
程なくして、1階立ち上がりのコンクリート打設の日を迎えました。
詳細な打設数量は忘れてしまいましたが、ポンプ車3台で同時打ちしましたので、なかなかの数量だったと思います。
そして、僕の人生初のコンクリート打設でした。
当時は”コンクリート打設は現場の祭り”と言った人もいて、一大イベントに関わる気持ちで、僕も木槌を持ってタタキに入ったり、バイブレーターでコンクリートの打ち込みを手伝ったりしました。
そして、その日は無事に終わりました。
しかし、約一週間後に問題が起きました。

2階立ち上がりの施工を進めながら、1階立ち上がりの壁の型枠の解体が始まりました。
テストピースの強度試験はもちろん問題ありません。
型枠解体が進みます。
残念ながら、いくつかの箇所で小さいジャンカやコールドジョイントが見つかりました。
いずれも軽微な補修で済むと思われるものでした。

ところが、やけに大きなジャンカが見つかりました。
完全に巣になっており、軽くハンマーで叩くとポロポロ骨材が落ちて来ます。
しかも、それが何箇所も見つかったのです。
出来形を確認してくるように指示されていた僕は写真を撮り、ジャンカの位置をスケッチして、主任・係長に見せました。
すると、二人とも顔色を変えて、現場に飛び出し現地を確認しました。
それからは、更に上層部の方々を交えて何やら会議が、その日を始めとして何度も何度も行われました。
『かなりまずい状況なんだな』というのは新人の僕でも空気感でわかりました。

そのコンクリートなんですが、本当にひどいジャンカでした。
中には壁厚150で貫通してるところもあるくらい。
打設計画の検証も行われたようですが、「若干配置人数が少なかったのでは?」との見解はあったようですが、このような不具合の決定的な原因とは断定出来ないようでした。
それと、脱枠後のコンクリート表面がやけに黄土色(土色)だったんですよね?
ただ、型枠はきれいな状態だったのを確認しているので、型枠のアクがついたとは考えにくい。
しかも、ジャンカ周りにだけ顕著にその現象が起きており、部分的でもありました。
生コンプラント業者、セメントメーカーが現場事務所に呼ばれて、協議していたようですが、結局理由ははっきりしなかったようです。
僕はと言えば、人生初コンクリート打設だったこともあり、当然脱枠後の躯体を見るのも初めて。
『結構ガサガサなところもあるけど、これから補修していくんでしょ?』くらい何もわかっていませんでした。
今なら、先輩方と同じように、青ざめることでしょう。

このことより、進められていた2階立ち上がりの施工は、「1階の状況の確認と対応の方針が出るまで中断」となりました。
そして、僕が状況と方針を聞かされる事なく、盆休みの期間(一週間)を迎えることになりました。
“盆休みは無くなるのではないか?”という噂もチラホラ聞こえてきており、ドキドキしていましたが、僕は「予定通り休んで良い」と指示があり、休みを頂きました。
この盆休みは遊びに行くことも無く、本当に休んだ記憶があります。
特に、大したことをした訳ではありませんが、なんか疲れていたんですね。
ゆっくり休んだと思います。

そして、盆休み明けに現場に行くと、衝撃でした。

2階立ち上がりの途中まで施工していた建物が、1階の床と柱筋を残して、綺麗さっぱり解体されていました。

聞いた話では、やはり、原因はよくわからなかったようです。(わからなかったのか、教えてもらえなかったのか、定かではありませんが)
そして、「補修をするにもあまりにも広範囲過ぎて、強度含めてお客様に自信を持ってお渡し出来るものにはならないだろう」という本社含めた判断となり、解体に至ったとのことでした。

僕としては、まず『一週間で綺麗さっぱり解体してしまうんだ』ということ。
そして何より、『同じ工期内で解体して、更に建てるんだ』と驚きました。

建て直し工事に当たって、他の現場から来た人(課長)含めて、メンバーが一新されましたが、何故か僕は残されました。

これで、超突貫現場になりましたが、結果として無事に竣工出来ました。
僕にとっても、この一棟をやれたこと、やり切れたことは大きな経験になりました。(と一言で、表現しましたが、大変でした。ただ、何故か”楽しかった”、”充実していた”という記憶の方が強いです。)

それにしても、”近隣工場での振動計測係”に続けて、”新築途中で解体、からの建て直し”という会社史上初じゃないかというものに、当事者として関わってしまいました。

これも、同期の誰も経験しない特殊事情と言えると思います。
まあ、これはこれで、『いい経験だった』ということにしておきます。

※本記事ベースのVTube動画です。→https://youtu.be/V58PZz83GgI