【高校時代からの友人と”人生100年時代”で盛り上がった話】

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✔インドに単身赴任した友人の話

高校時代からの親友が、今年(2020年)の2月
から、インド(ムンバイ)に単身赴任になりました。
50歳になって、初の単身赴任がなんとインド(笑)。

出発前に仲間で壮行会をしました。
「Sが向こうでの生活に慣れて、案内できるくらいになった頃にツアー組んで行くわ」
『おう。是非来て。案内するよ。』
なんて言葉を交わしたのに、彼の赴任直後から新型コロナが猛威を奮い始めました。
日本もパニックに近い状況になっていったけど、インドはその人口の多さからもみるみる桁違いの感染者数を数えていきました。

その後、彼は長い期間のロックダウンを経て、7月末に無事に一時帰国。
そして、この11月下旬に再びインドに旅立つこととなりました。

彼が帰国していたのは知っていたけど、日本でも複数人数が集まっての会食が難しい状況のため、なかなかタイミングがつかめずにいました。

そうこうしているうちに、彼がまたインドに立つことが決まり、世の中も”Go To Eat”が推奨され、「ここしかないね」ということで、先日”第2回壮行会”を開催しました。

彼はインドに行くことについて、やはり若干の不安はあるようでした。
ただ、この会自体が元気付けることになったようで、とても喜んでいました。

コロナが落ち着いたら、みんなでインドに行こうと約束しています。

✔“人生100年時代”を感じた話

Sのインドでのロックダウン生活の話、帰国後の隔離生活の話、PCR検査の話などで盛り上がったのですが、それと同じくらい盛り上がった話がありました。
そしてそれは、少し意外な話題でした。

それは、”50歳を超えて、人生の考え方・感じ方が変わってきた”という話です。

きっかけはこうでした。

「最近、バイク買ってさ。250cc。前から免許は持ってたけどね。」
「昨日も、朝5時過ぎに家出て横浜行って、中華街で昼飯食べて来た。」
「え、ひとりでだよ。」
「だって、嫁さんと娘、わざわざ起こすのも悪いし、バイクだし。」
という、Yの発言からでした。

『それって、”行って来るわ”みたいな感じ?特に、何も言われないの?「連れて行け!」みたいに。』
という僕の質問に対し

「う〜ん、特に無いね。だって、向こうは向こうで好きなことやってるからね。」

『なるほど・・・』

「あ〜、それならうちも同じかな?俺は特にどっかにひとりで行くことは無いけど、嫁さんと娘達は忙しそうにしてるよ。こっちに”これやって”ってこともないので、俺は自由にしてるね。」
とH。

『ほ〜っ』

「うちも”夫婦でどうこう、家族でどうこう”っていうのも無くなって来たね。息子や娘に冗談っぽく、”お前たちが独立したら離婚するから”なんて言ってるくらい(苦笑)」
とS。

『それって、いわゆる”卒婚”って感じだよね』
と僕。

「卒婚?何それ?」
とみんな。

ということで、僕の知っていることを話しました。

“卒婚(そつこん)”というのはウィキペディアによれば、

2000年代以降の日本における夫婦生活の新しい形態の一つで、婚姻状態にある夫婦が互いに干渉することなく個々の人生を歩んでいくという生活形態のことである。2004年に杉山由美子が著書『卒婚のススメ』で使用した造語。
婚姻関係を維持するので離婚ではない。愛情のないままで婚姻関係を維持する仮面夫婦とも異なった概念とされている。別居する場合と、同居を続ける場合がある。同居を続けての卒婚は、互いが納得しての前向きな選択であり、その点で夫婦間の仲が悪い状態の家庭内別居とは異なるという主張がある。

ということです。

また、別な言い方で”ハッピー別居”という言葉を聞いたことがあります。

いずれも前向きな言葉ですね(笑)。

仲間達も
「あ〜・・・」
「なるほど・・・」
といった反応でした。

そんな中で、
「宇都宮に親族の空家があってさ。売りに出されそうになったんだけど、”当面の維持費は俺が出すから、ちょっと待って”って、言ってるんだよね。将来的に何かできたらと思って。」とS。

『さっきの卒婚とも関係するんだけど、例えば、本人が”生まれ育った地元に貢献したい”とかの理由で、本人がその地元に移住、奥さんは東京に残る、なんていうケースも増えてるんだよね。』
と僕。

「それって、別居じゃん。離婚前提?」
とN。

『いや、そんなことは無くて、お互いがやりたいことを理解して、尊重してという感じ。だから、例えば、奥さんが旦那さんの移住先に遊びにいくとか、もちろん、旦那さんがたまに東京に帰るとか。会社の単身赴任と違って、自分の調整次第で行動をどうにかできるという、心の余裕が違うんじゃないかな?さっきの話じゃないけど、俺たちもそういうフェーズ、環境に近づいてきたんじゃないのかな?』
と僕。

『さっきの宇都宮の家、どんな状態かわからないけど、ゲストハウスっぽく改修して、俺たちが集まれるようにしてさ。そうすれば、ゴルフやったり餃子食べに行けたりするんじゃない(笑)?』
と僕。

「あ、それいいな!そうしよう。」
とS。

「なんだかんだで、”この面子がゆる〜くつながっていく”ということか(苦笑)?」
とI。

「まあ、それが結局、気楽でいいってことかな?」
とY。

「じゃ、俺たちの当面の目標は”インド旅行と宇都宮の改修工事”。お楽しみができたということで、ヨシとするか?」
とI。

『”人生100年時代”を考えるとまだ半分。だけど、それなりに子供も手離れし始めて、明らかに自分の環境が変わっきてる。25年をひと区切りで考えたら、これから第3ステージに突入する感じだね。いよいよ、”自分”ってものを考える時期なのかもね?家族の幸せがもちろん大事だけど、それを守った上で”楽しいこと”を追求してもいいかもね。』

これで、この日は解散。

意外と僕が漠然と感じていたことをみんなも感じていて驚いた。

この仲間もそんなに頻繁に会う訳では無いけど、折に触れて集まっている。
でも、そんな感じで出会ってから35年以上の時が過ぎた。
“35年”って、なかなかの時間。

今までそこまで意識したことは無かったけど、”彼らは僕にとって貴重な存在なのかも?”と思いました。

この関係が続くように、”自分にできることはやろう”と思った次第です。

もしかしたら、一番面白い25年が始まったのかも(笑)?

【高校時代からの友人と”卒婚”と”人生100年時代”で盛り上がった話】でした。

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